はじめに
関西テレビの報道で、日本郵便における「懲罰自転車」という慣行が長年続いてきたことが明らかになりました。これは、バイクで配達中に事故を起こした職員に対し、罰として自転車での配達を強制するというものです。一見すると「教育的な指導」に見えるかもしれません。しかし法律的には、重大な違法性を含む可能性があります。ここでは社会保険労務士の立場から、労働基準法・労働契約法・労働施策総合推進法(パワハラ防止法)に基づいて問題を整理します。
懲罰自転車と就業規則の関係
労働契約法第15条は「懲戒は就業規則に定められていなければ行えない」と規定しています。通常の懲戒処分は戒告・減給・出勤停止・懲戒解雇などですが、懲罰自転車のような処分は就業規則には記載されていないと考えられます。仮に規定があったとしても、教育的効果が乏しく過度な身体的負担を強いる措置は社会通念上の相当性を欠くため、懲戒権の濫用として無効となる可能性が高いでしょう。
安全配慮義務違反の疑い
労働契約法第5条は、使用者に労働者の安全と健康への配慮義務を課しています。炎天下で大量の郵便物を自転車で配達させることは、熱中症や事故のリスクを飛躍的に高めるものです。現場の証言でも「倒れてもおかしくない」と語られており、これは安全配慮義務違反と評価される可能性が極めて高いといえます。
パワーハラスメントに該当する可能性
労働施策総合推進法に基づくパワハラ指針では、業務上明らかに必要のない行為や、適正範囲を超える要求、過大な身体的負担を与える行為はパワハラに該当します。懲罰自転車は教育的効果よりも「見せしめ」としての意味合いが強く、パワハラに直結する行為といえるでしょう。特に非正規社員が「拒否したら契約を切られるのでは」と恐れていた状況は、弱い立場を利用した典型的な支配構造であり、重大な労務リスクです。
判例に見る懲戒権濫用の判断(関西電力事件)
1977年(昭和52年)の最高裁判決である関西電力事件は、懲戒処分の有効性を判断する上で今も引用される重要な判例です。この事件で最高裁は、たとえ懲戒処分が就業規則に定められていたとしても、その内容が社会通念上相当と認められなければ無効である、という基準を示しました。つまり、「規則に書いてあるから実行できる」という単純なものではなく、懲戒の内容や重さが客観的に合理的であり、社会的に見ても妥当であるかが問われるのです。今回の「懲罰自転車」は教育的効果が乏しく、むしろ見せしめや懲らしめに近い性質を持ち、身体的にも過酷な状況を強いています。関西電力事件の基準を当てはめれば、社会通念上相当とはいえず、懲戒権の濫用として無効となる可能性が極めて高いと考えられます。
社労士として助言すべきこと
この問題は日本郵便に限らず、他企業でも「昔からの慣行」として似たような対応が行われている可能性があります。社労士として顧問先に助言する際には、次の点が重要です。まず、懲戒処分は必ず就業規則に根拠を持たせ、教育的指導と懲戒を混同しないことです。さらに懲戒処分は社会通念上の相当性を満たさなければならず、見せしめや懲らしめ目的の処分は無効となるリスクが高いことを指摘すべきです。また、教育的措置と懲罰は明確に区別し、能力不足や注意力不足には研修・再教育・計画的指導で対応する必要があります。業務設計においては安全配慮義務を第一に据え、過酷な条件での作業を強制することは労災や訴訟リスクを招くと理解させなければなりません。加えて、管理職研修を通じてパワハラ防止を徹底させ、「慣行だから」「昔からの方法だから」といった意識を改めることが、組織の健全性を守る上で不可欠です。



