
事案の概要と、企業側が直面する現実
2026年3月、JAおきなわは、マンゴー選果場の現場責任者だった男性職員が月200時間を超える時間外労働に従事した後に脳出血を発症し、労災認定を受けたと公表しました。倒れて救急搬送され、左半身まひと高次脳機能障害が残ったと報じられています。報道で注目されるのは「月200時間」という異例の残業時間ですが、実務的に重要なのはそこだけではありません。前任者が過重労働を理由に退職し、その後、少人数体制で選果・販売業務を担っていたとされる点です。つまり問題は、個人の頑張りではなく、業務設計と人員配置の構造にあった可能性が高いということです。労災は「長時間だったから自動的に認定」されるものではありません。しかし、これほどの水準になると、認定基準上も業務と発症との関連性が強く評価されやすいのは事実です。
脳・心臓疾患の労災認定は何を見ているのか
脳出血や脳梗塞、心筋梗塞などは、もともとの血管病変が加齢や生活習慣等により進行した結果発症することが一般的です。しかし、業務による過重な負荷がその自然経過を超えて「著しく増悪」させたと評価できる場合には、労災として認定されます。厚生労働省は「脳・心臓疾患の認定基準」を定めており、評価の軸は大きく三つです。発症前おおむね6か月間の疲労蓄積をみる長期間の過重業務、発症前おおむね1週間を中心とする短期間の過重業務、そして発症直前の異常な出来事です。ここで極めて重要なのが、「労働時間が最重要指標である」という点です。時間外労働が長くなるほど業務と発症との関連性は強く評価されます。ただし、時間だけで決まるわけではありません。勤務の不規則性、連続勤務、勤務間インターバルの短さ、深夜労働、出張や移動、心理的負荷なども含め、総合的に判断されます。つまり、企業が「うちは過労死ライン未満だから大丈夫」と考えるのは危険です。時間が基準に近く、かつ他の負荷要因が重なっていれば、総合評価で認定に至ることは十分にあり得ます。
企業が本当に管理すべきは「時間」だけではない
今回の事案が示しているのは、数字のインパクトよりも、体制不全のリスクです。特定の責任者に業務が集中し、代替要員がいない状態で繁忙期を迎えれば、残業は構造的に膨らみます。これは個人の資質の問題ではなく、マネジメントの問題です。実務で最も企業を苦しめるのは、「実態を客観的に説明できないこと」です。出退勤記録、時間外・深夜・休日労働の実績、休憩の取得状況、勤務間インターバル、業務密度、繁忙期の人員体制、急な欠員対応の記録。これらが整理されていなければ、後からの総合評価で極めて不利になります。また、前任者が過重労働で退職していたという事情がある場合、企業はリスクを予見できたのではないかという論点も浮上します。安全配慮義務違反の問題に発展する可能性も否定できません。予防の本質は単純です。特定個人に業務を固定しない設計、繁忙期の応援体制、業務量の見える化、そして「止める判断」ができる組織文化をつくることです。月200時間という極端な数字がなくても、深夜労働の連続、短いインターバル、強い心理的負荷が重なれば、認定に至る可能性はあります。認定基準が見ているのは、本人の気合ではなく、同種労働者にとって客観的に特に過重かどうかです。今回の事案は特別な会社の話ではありません。繁忙期を抱えるすべての業種にとっての警鐘です。企業が守るべきなのは「労災を出さないこと」ではなく、「過重負荷を構造的に発生させないこと」です。そこまでできて初めて、時間管理は本当に機能していると言えます。



