
パワーハラスメントというと、一般的には「上司から部下へ」という構図を想像しがちです。しかし、実際には部下から上司、後輩から先輩、同僚同士でもパワハラは起こり得ます。厚生労働省も、パワハラの「優越的な関係」について、職位の上下だけでなく、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その人の協力がなければ業務の円滑な遂行が困難な場合や、集団による行為も含まれると説明しています。つまり、役職上は部下であっても、業務知識・経験・人間関係・集団性などを背景に、上司に対して優越的な立場に立つことはあります。その立場を利用して、大声で責め立てる、執拗に詰問する、業務を停滞させる、周囲を巻き込んで上司を追い込むといった行為があれば、いわゆる「逆パワハラ」と評価される可能性があります。
逆パワハラは労務管理の問題
部下から上司へのパワハラが起きたときに、「上司なのだから我慢すべき」「管理職なのだから受け流すべき」と考えるのは誤りです。上司であっても労働者であり、会社はその就業環境を守る義務があります。パワハラ防止措置は、部下を守るためだけの制度ではありません。上司、管理職、同僚を含め、職場で働くすべての人を対象とするものです。特に注意すべきなのは、業務に詳しいベテラン社員や、現場を実質的に握っている社員が、異動してきた上司や経験の浅い管理職に対して、過度に攻撃的な言動を取るケースです。本人は「正しいことを言っているだけ」「仕事のために指摘しているだけ」と考えているかもしれません。しかし、正論であっても、伝え方が威圧的であったり、人格を否定したり、周囲の前で執拗に追及したりすれば、業務上必要かつ相当な範囲を超える可能性があります。厚生労働省も、パワハラは「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」「就業環境を害すること」の3要素を満たすものと整理しています。したがって、会社としては「誰が上か下か」だけで判断するのではなく、実際の職場内の力関係、発言の態様、継続性、業務への影響を冷静に確認する必要があります。
「部下をお客様として見る」は論外
ハラスメントを防止するために、丁寧な言葉遣いや冷静な対応を心がけることは当然必要です。
しかし、それを「部下をお客様だと思って接する」と表現してしまうと、労務管理やマネジメントの本質を誤ってしまいます。部下はお客様ではありません。部下は、会社の指揮命令のもとで業務を行う労働者です。そして上司は、部下に対して必要な指示を出し、仕事の進め方を確認し、課題があれば改善を求め、本人の成長を支援する立場にあります。お客様に対しては、相手の満足を重視し、サービスを提供することが基本になります。しかし、部下に対するマネジメントは、それとはまったく異なります。部下に対しては、会社が求める業務水準を明確に伝え、問題があれば指摘し、改善すべき点を具体的に示す必要があります。また、会社の方針や業務の目的を理解してもらい、本人が職業人として成長できるように導くことも、上司の重要な役割です。もちろん、感情的に叱責したり、人格を否定したり、威圧的な態度で追い込んだりすることは許されません。一方で、ハラスメントを恐れるあまり、必要な指導や注意まで避けてしまえば、組織は正常に機能しなくなります。問題行動が放置され、業務の質が低下し、周囲の社員にも悪影響が広がってしまいます。厚生労働省も、客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには該当しないとしています。つまり、問題なのは「指導すること」そのものではなく、指導の仕方が業務上必要な範囲を超えているかどうかです。大切なのは、部下をお客様扱いすることではありません。部下を一人の職業人として尊重しながら、必要なことは明確に伝えることです。上司の仕事は、部下に嫌われないようにすることではありません。部下が成長し、組織として成果を出せる状態をつくることです。そのためには、丁寧さと厳しさの両方が必要です。理不尽な叱責は避けなければなりませんが、必要な指導まで避けてはいけません。「お客様のように扱う」のではなく、「尊重しながら、必要な指導を適切に行う」。これこそが、ハラスメント防止と健全な労務管理を両立させる本来のマネジメントです。
エンゲージメントと心理的安全性は健全な指揮命令から生まれる
近年、エンゲージメントや心理的安全性という言葉が重視されています。しかし、これらは「何を言っても許される職場」や「厳しいことを言ってはいけない職場」を意味するものではありません。心理的安全性とは、業務上必要な意見や疑問、改善提案を安心して出せる状態です。上司を大声で責め立てたり、相手を追い詰めたり、職場の電話対応が困難になるほど感情的に詰問したりすることを許す概念ではありません。むしろ、そのような言動を放置すれば、周囲の社員は安心して働けなくなります。管理職も萎縮し、必要な指示や判断ができなくなります。結果として、職場全体のエンゲージメントは低下します。エンゲージメントの高い職場とは、単に仲が良い職場ではありません。会社の目的や方針が共有され、各自の役割が明確で、必要な指導やフィードバックが適切に行われ、問題行動には会社がきちんと対応する職場です。そのためには、会社として次の対応が必要です。まず、就業規則やハラスメント防止規程において、上司から部下への言動だけでなく、部下から上司、同僚間、集団による言動もハラスメントの対象となることを明確にしておくことです。次に、相談窓口を形式的に設置するだけでなく、管理職側からの相談も受け付けることを周知する必要があります。管理職が「自分が相談するのは恥ずかしい」「上司なのだから我慢しなければならない」と抱え込む状態は、会社にとって大きなリスクです。さらに、問題が発生した場合には、事実確認を行い、注意・指導・改善指示・懲戒処分などを段階的に検討する必要があります。感情論ではなく、言動の内容、頻度、業務への影響、本人への注意履歴、改善状況を記録に残すことが重要です。ハラスメント防止と労務管理は、対立するものではありません。むしろ、適切な労務管理があってこそ、ハラスメントのない職場が実現します。部下をお客様のように扱う必要はありません。必要なのは、部下を一人の職業人として尊重し、業務上必要な指導を正しく行うことです。厳しさをなくすことが、良い職場づくりではありません。理不尽さをなくし、必要な指導が適切に行われる職場こそが、エンゲージメントと心理的安全性のある職場だと考えます。
ハラスメントに関する相談は仙台・東京港区の社労士 社会保険労務士法人ブレインズまでご相談下さい。



