
西日本シティ銀行の行員が、営業店の執務室内を撮影した動画や画像をSNSに投稿し、顧客の氏名が映り込んでいたとして、同行が謝罪したとの報道がありました。報道によれば、SNS上で拡散された動画や画像には、支店内の様子のほか、ホワイトボードに記載された顧客名や業務目標、融資金額とみられる数字などが映っていたとされています。銀行側は、現時点で7名の顧客の個人情報、具体的には氏名のみが映っていたことを確認し、対象者へ個別に説明と謝罪を行うとしています。金融機関は、顧客の資産情報や取引情報を取り扱う極めて高い信用性が求められる業種です。そのため、今回の問題は単なる「若手社員のSNS投稿ミス」では済まされません。企業としての情報管理体制、服務規律、就業規則、懲戒運用、そして日常の労務管理のあり方が問われる事案といえます。
SNS投稿の問題ではなく情報管理と労務管理の問題である
今回の投稿には、BeRealというSNSアプリが利用されたとされています。BeRealは、1日1回ランダムな時間に通知が届き、短時間で日常の様子を撮影・投稿する仕組みのSNSです。いわゆる「飾らない日常」を共有するサービスとして、若い世代を中心に利用されています。しかし、今回の問題を「BeRealというアプリが悪い」「若者のITリテラシーが低い」という話だけで片づけるべきではありません。問題の本質は、顧客情報や社内情報が存在する執務室内で、私用スマートフォンによる撮影が行われ、SNSに投稿されてしまった点にあります。仮に公開範囲が友人だけであったとしても、現代のSNS環境では、その境界はほとんど意味を持ちません。閲覧した誰かがスクリーンショットや画面録画を行えば、情報は一瞬で外部へ流出します。一度拡散された情報を完全に回収することは困難です。「仲間内だけのつもりだった」「すぐ消えると思っていた」「悪意はなかった」という説明は、企業の情報管理上は通用しません。特に、顧客情報、取引先情報、営業情報、給与情報、人事評価情報、医療・介護情報、採用応募者情報などを扱う職場では、スマートフォンの持ち込みや撮影そのものが大きなリスクになります。労務管理の観点から見れば、会社は「社員が分かっているはず」「研修で説明したはず」では済まされません。職場内で何をしてはいけないのか、どの場所でスマートフォンを使ってよいのか、撮影・録音・SNS投稿をどこまで禁止するのかを、就業規則や情報管理規程で明確にしておく必要があります。
就業規則に定めていなければ懲戒処分の有効性が問題になる
このようなSNS投稿や情報漏洩が発生した場合、会社としては懲戒処分を検討することになります。しかし、懲戒処分は会社が感情的に行えるものではありません。懲戒処分を有効に行うためには、就業規則上の根拠が必要です。どのような行為が服務規律違反にあたるのか、どのような場合にけん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などの対象となるのかを、あらかじめ就業規則に定めておく必要があります。今回のような事案であれば、就業規則には、少なくとも次のような内容を明確にしておくべきです。会社の許可なく職場内を撮影・録音してはならないこと、業務上知り得た顧客情報や会社情報を第三者に漏らしてはならないこと、SNSやインターネット上に会社、顧客、取引先、従業員に関する情報を投稿してはならないこと、会社の信用を毀損する行為をしてはならないこと、これらに違反した場合には懲戒処分の対象となることです。ここで重要なのは、単に「秘密を漏らしてはならない」と抽象的に書くだけでは不十分だという点です。現在の労務管理では、SNS、動画投稿、ライブ配信、チャットアプリ、画像共有、クラウド保存、生成AIへの入力など、情報漏洩の経路が多様化しています。そのため、就業規則や情報管理規程も、現代の働き方やIT環境に対応した内容に見直す必要があります。また、懲戒処分を行う場合には、投稿内容、映り込んだ情報の内容、拡散範囲、本人の故意・過失の程度、会社に与えた影響、過去の指導歴、就業規則上の根拠などを総合的に確認する必要があります。重大な情報漏洩であっても、調査や手続きを十分に行わずに処分を急ぐと、後に懲戒処分の有効性が争われる可能性があります。つまり、会社を守るためには、問題が起きてから慌てて対応するのではなく、平時から就業規則、情報管理規程、誓約書、研修、懲戒手続を整備しておくことが不可欠です。
現場で守らせる仕組みが必要
企業の中には、入社時に情報管理研修やコンプライアンス研修を実施しているところも多いと思います。しかし、今回のような事案を見ると、研修を「実施した」という事実だけでは不十分であることが分かります。大切なのは、社員が実際の現場で判断に迷わないレベルまで、ルールを具体化しているかどうかです。たとえば、「個人情報を漏らしてはいけません」と説明するだけでは、社員によって受け止め方に差が出ます。そうではなく、「執務室内では私用スマートフォンで撮影してはいけない」「ホワイトボード、PC画面、書類、名札、入館証、顧客名簿、業務資料が映る場所では撮影してはいけない」「休憩中であっても、社内情報が映り込む場所でSNS投稿をしてはいけない」というレベルまで具体的に伝える必要があります。また、現場の管理職が注意できる体制も重要です。社員が執務室内でスマートフォンを構えたときに、周囲が「ここでは撮影禁止です」と止められる職場でなければ、規程は形だけになります。情報管理は、総務部や人事部、システム部門だけの仕事ではありません。日々の職場を管理する管理職が、服務規律を理解し、必要な注意指導を行い、違反の兆候があれば早めに是正することが、労務管理上極めて重要です。特に4月は、新入社員や異動者が増える時期です。新しい職場に入った社員は、悪気なく職場の様子を撮影したり、入社報告としてSNSに投稿したりすることがあります。会社側は、「常識で分かるはず」と考えるのではなく、入社時点で明確に禁止事項を伝える必要があります。今回の報道は、金融機関だけの問題ではありません。どの企業でも、顧客名が書かれたホワイトボード、デスク上の書類、給与資料、勤怠表、会議資料、図面、見積書、契約書、PC画面などが、何気ない写真や動画に映り込む可能性があります。社員によるSNS投稿は、本人に悪意がなくても、会社の信用を大きく損なうリスクがあります。だからこそ、企業は就業規則と労務管理の両面から、情報管理体制を見直す必要があります。今回の事案から企業が学ぶべきことは明確です。SNS投稿の禁止を呼びかけるだけでは足りません。就業規則に服務規律と懲戒事由を明記し、情報管理規程を整備し、入社時・定期研修で具体的に教育し、現場管理職が日常的に注意指導できる体制を作ることが必要です。情報漏洩は、発生してからでは遅い問題です。企業の信用、顧客との信頼関係、従業員の雇用、取引先との関係を守るためにも、就業規則、懲戒、労務管理、情報管理を一体として整備することが、これからの企業に強く求められます。
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