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障害者雇用率の引き上げと、企業に求められる本当の課題

「雇用率達成」だけでは支えきれない現実

報道でも障害者雇用をめぐる議論が、あらためて注目されています。令和6年4月から、民間企業の障害者法定雇用率は2.5%に引き上げられました。さらに、令和8年7月以降は2.7%で算定されることになっています。これにより、障害者雇用義務の対象となる企業の範囲も広がり、これまで以上に多くの企業が障害者雇用への対応を求められることになります。障害のある方が、働く機会を得て社会の中で役割を持ち、安定した生活を営むことは非常に重要です。その意味で、障害者雇用率制度には大きな意義があります。一方で、制度上の数値だけが先行し、企業の受け入れ体制や業務設計が追いつかないまま雇用率の達成だけを求められると、本来の理念とは異なる問題が生じるおそれがあります。

企業側の受け入れ体制が追いついていない

厚生労働省の令和7年障害者雇用状況によれば、民間企業に雇用されている障害者数は70万4,610人、実雇用率は2.41%となり、いずれも過去最高を更新しています。一方で、法定雇用率を達成している企業の割合は46.0%にとどまっています。つまり、障害者雇用は確実に進んでいるものの、法定雇用率の引き上げに対して、半数以上の企業がまだ十分に対応できていないということです。この背景には、単に採用意欲の問題だけではなく、実務上の難しさがあります。障害のある方に適した業務をどのように切り出すのか。誰が日々の業務を指示し、進捗を確認するのか。体調の波や通院、対人関係への配慮をどこまで、どのように行うのか。既存社員との業務分担や評価制度をどのように整えるのか。これらは、求人票を出して採用すれば解決する問題ではありません。障害者雇用には、採用前の職務設計、採用後の定着支援、現場管理者への教育、本人との継続的な対話が不可欠です。それにもかかわらず、雇用率の達成期限だけが迫ると、企業は「まず人数を満たす」方向に動きやすくなります。その結果、外部の障害者雇用ビジネスに依存したり、実質的な業務が十分に設計されないまま雇用だけが先行したりする危険があるように感じます。

精神障害者の増加

近年の障害者雇用で特に大きな変化は、精神障害者の増加です。令和7年障害者雇用状況では、身体障害者、知的障害者も増加していますが、精神障害者は16万8,542人で、前年比11.8%増と大きく伸びています。また、精神障害者保健福祉手帳の交付台帳登載数も増加しています。令和6年度末時点では154万7,433人で、前年度から10万9,340人、7.6%増加しています。さらに、令和5年度障害者雇用実態調査では、雇用されている精神障害者の疾病別割合のうち、「そううつ病(気分障害)」が17.0%とされています。もちろん、精神障害者の増加を一括りに「うつ病の増加」と断定することはできません。精神障害には、気分障害、統合失調症、発達障害、高次脳機能障害など、さまざまな状態が含まれます。しかし、うつ病を含む気分障害が一定の割合を占めていることは、企業実務上、非常に重要です。精神障害のある方の就労支援では、業務能力だけでなく、勤務時間、業務量、対人関係、体調変動、休職・復職、ストレス耐性などを含めた丁寧な配慮が必要になります。これは、単に「障害者枠で採用すればよい」という話ではありません。本人に合わない職場環境や業務内容であれば、かえって体調悪化や離職につながることもあります。企業側にとっても、現場の管理負担が大きくなり、結果として障害者雇用そのものに対する理解が進まないおそれがあります。

海外の雇用率比較

海外にも、障害者雇用率制度は存在します。比較研究では、民間企業の法定雇用率について、フランスは6%、ドイツは5%、韓国は3.1%、台湾・タイは1%とされています。これだけを見ると、日本の2.5%、2.7%という水準は、国際的に特別高いとはいえないようにも見えます。しかし、ここで注意すべきなのは、各国で障害者の定義、認定制度、福祉制度、雇用慣行、企業への支援策が異なるという点です。同じ「障害者雇用率」といっても、対象となる障害者の範囲や、企業が活用できる支援制度、福祉的就労との接続は国によって異なります。したがって、単純に「海外では5%、6%だから日本ももっと引き上げるべきだ」とは言えません。問題は雇用率の数字そのものではなく、その数字を現場で実現するための職務設計、支援体制、社会的な受け皿が整っているかどうかです。

雇用率だけを追うと本人にとっても企業にとっても不幸になる

障害者雇用率制度は、障害のある方の雇用機会を守るために必要な制度です。制度がなければ、障害のある方の採用が後回しにされ、就労機会が十分に確保されない可能性があります。しかし、制度の目的は、企業に人数を満たさせることではありません。本来の目的は、障害のある方が、その人に合った仕事を通じて社会に参加し、能力を発揮し、安定して働き続けられるようにすることです。ところが、雇用率達成だけが前面に出ると、採用の現場では「どのような仕事を任せるか」よりも、「何人雇えば不足が解消されるか」が優先されてしまうことがあります。このような状態になると、障害のある方にとっては、十分な仕事や成長機会が与えられない形だけの雇用になりかねません。企業にとっても、現場での受け入れが進まず、外部業者への依存や管理負担だけが増える可能性があります。さらに、既存社員や障害のない求職者から見たときに、「能力や職務適性よりも、制度上の人数合わせが優先されているのではないか」と受け止められる場面も生じ得ます。これは法的に直ちに「逆差別」と断定されるものではありませんが、制度運用のバランスを誤れば、職場内に不公平感や反発を生むリスクがあります。その意味でも、障害者雇用を進めるためには、単に雇用率を上げるだけでは不十分です。

雇用だけに押し込めない受け皿の設計

今後の障害者雇用政策で重要なのは、「働ける人を雇用から排除しないこと」と同時に、「すべての人を直ちに一般企業の雇用に押し込めないこと」ではないでしょうか。もちろん、一般企業で働くことが可能な方には、適切な合理的配慮と職務設計のもとで、しっかりと雇用機会を確保すべきです。しかし、障害特性、体調、生活環境、就労経験、対人面の課題によっては、いきなり通常の雇用に乗せることが本人にとって大きな負担となる場合もあります。そのような場合には、短時間勤務、段階的就労、職業訓練、福祉的就労、中間的就労、企業から福祉事業所への業務発注など、雇用の手前や周辺にある受け皿を丁寧に整える必要があります。大切なのは、「雇用か、雇用でないか」という二分法ではありません。その人の状態に応じて、まずは生活リズムを整える段階、通所や訓練を通じて働く準備をする段階、短時間で役割を持つ段階、一般企業で働く段階というように、段階的に社会参加できる仕組みをつくることではないでしょうか。企業側も、障害者雇用率を満たすためだけに採用するのではなく、自社の中で本当に任せられる仕事は何か、どのような支援があれば継続して働けるのか、外部の支援機関とどのように連携するのかを考える必要があります。障害者雇用の理念は、数字の達成ではありません。障害のある方が、その人に合った形で社会とつながり、役割を持ち、尊厳をもって働き、生活していけることにあります。そのためには、法定雇用率を引き上げるだけではなく、雇用という形では受け止めきれない人たちを支える別の受け皿を、社会全体で丁寧に設計していく必要があります。障害者雇用を本当に意味のあるものにするためには、「何人雇うか」だけではなく、「どのように支えるか」「どのように働く場をつくるか」「雇用以外の選択肢をどう整えるか」という視点が、これまで以上に求められているのではないでしょうか。

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