loader image

最新情報

退職金廃止は本当に従業員に不利なのか

若手歓迎も中高年は猛反発!「退職金廃止」に動く企業の本音と、いまだ転職者を冷遇する制度の時代錯誤(東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース

退職金制度の見直しは、賃金制度と労務管理を同時に変える大きな改定である

近年、退職一時金制度を縮小・廃止し、その原資を毎月の給与や企業型確定拠出年金に振り替える企業が増えています。この動きは、若手社員の採用力を高めるための賃金前倒し策として注目されています。たしかに、数十年後に受け取る退職金よりも、現在の給与や企業型DCとして見える形で処遇される方が、若手社員や中途採用者には分かりやすい面があります。しかし、退職金制度の廃止や縮小は、就業規則、退職金規程、賃金規程、社会保険、労働保険、割増賃金、採用条件、定年再雇用後の処遇にまで影響する、非常に大きな労務管理上の改定です。退職金は、会社が任意で支給する単なる恩恵ではありません。退職金規程に支給対象者、支給額の計算方法、支給時期などが定められていれば、労働条件の一部になります。そのため、既存社員の退職金を会社が一方的に減額したり、廃止したりすることは簡単ではありません。特に注意すべきなのは、中高年社員の不利益です。若手社員にとっては、退職金の前払い化や企業型DCへの移行は歓迎される場合があります。一方で、50代前後の社員にとって退職金は、すでに老後資金の前提として生活設計に組み込まれていることがあります。この層に対して、十分な経過措置を設けずに制度を変更すれば、会社への不信感が一気に高まります。労務管理上は、過去の勤続に対応する退職金相当額と、将来の勤続に対応する退職給付を分けて考える必要があります。これまで積み上げてきた部分をどこまで保全するのか、今後発生する部分を企業型DCや前払退職金にどう移行するのかを明確にしなければなりません。この整理をしないまま「退職金を廃止し、その分を給与に上乗せします」と説明しても、従業員からは納得を得にくいでしょう。特に退職金制度は、日々の給与と違って従業員自身が内容を正確に把握していないことも多いため、制度変更の影響額を個別に示すことが重要です。また、前払退職金として毎月の給与に上乗せする場合には、労務管理上の別の問題が生じます。毎月支給される金銭が労働の対償として扱われる場合、それは退職金というより賃金としての性格を持ちます。その場合、割増賃金の算定基礎、平均賃金、社会保険料、労働保険料、雇用保険料、賞与や各種手当の計算基礎に影響する可能性があります。つまり、退職金を前払い化すれば、従業員の手取りが増える一方で、会社負担の社会保険料や労働保険料、残業単価が上昇する可能性があります。退職金原資を給与に振り替えたつもりでも、実際には会社の総人件費が想定以上に増えることもあります。この点を検討せずに制度を変更すると、後から「前払退職金を割増賃金の基礎に入れるのか」「社会保険の標準報酬月額に反映されるのか」「求人票や労働条件通知書にどのように記載するのか」といった実務上の問題が発生します。一方、企業型DCに振り替える場合には、毎月の賃金として支給する場合とは異なり、退職給付として老後資産形成に回す設計が可能です。会社にとっては退職給付債務を抑えやすく、従業員にとっては個人別管理資産として積み立てられる点にメリットがあります。ただし、企業型DCも万能ではありません。従業員本人が運用商品を選択し、その運用結果によって将来の受取額が変わります。元本確保型だけを選べば資産は増えにくく、投資信託を選べば価格変動リスクがあります。退職一時金制度では会社が一定の給付を予定していたのに対し、企業型DCでは従業員本人の運用判断が将来の給付額に影響します。そのため、企業型DCを導入する場合には、会社は制度を作るだけでなく、従業員への投資教育を継続的に行う必要があります。特に退職金制度を廃止して企業型DCへ移行するのであれば、「退職金がなくなった代わりに自己責任で運用してください」という説明では不十分です。制度の目的、掛金額、運用商品の選び方、受取方法、退職時や転職時の手続きまで、労務管理の一環として説明する必要があります。退職金制度の見直しは、賃金制度の一部を変えるだけではありません。従業員との信頼関係、採用時の処遇説明、既存社員の納得感、将来の労使トラブル防止まで含めて設計しなければならないテーマです。

不利益変更、規程改定、説明プロセスまで設計する必要がある

退職金制度を廃止・縮小する場合、最も重要なのは不利益変更の問題です。就業規則や退職金規程に定められた退職金を減額する場合、会社が一方的に制度を変更すればよいわけではありません。従業員の合意を得ることが原則であり、合意なく就業規則を変更する場合でも、変更の合理性と周知が問題になります。ここでいう合理性は、単に会社が「採用力を高めたい」「世の中の流れに合わせたい」と考えているだけでは足りません。従業員が受ける不利益の程度、会社側の変更の必要性、変更後の制度内容の相当性、代償措置や経過措置の有無、労働組合や従業員代表との協議状況などが総合的に見られます。退職金制度の場合、特に重視すべきなのは、既存社員の期待利益です。退職金は、退職時に突然発生するものではなく、長年の勤続によって積み上がっていく性質があります。そのため、制度変更時点での退職金相当額をどのように扱うのかが重要になります。実務上は、移行時点までの退職金相当額を旧制度で保全し、制度変更後の将来勤務分について新制度を適用する方法が考えられます。また、一定年齢以上または一定勤続年数以上の社員については旧制度を残し、若手社員や新規入社者から新制度を適用する方法もあります。いずれにしても、会社の都合だけで一律に切り替えるのではなく、対象者ごとの影響を把握したうえで、移行措置を設計する必要があります。また、退職金制度の変更では、規程の整合性も重要です。退職金規程だけを変更すれば足りるわけではありません。賃金規程、就業規則本体、労働条件通知書、求人票、定年再雇用規程、企業型DC規約、退職時の説明書類まで確認する必要があります。特に前払退職金を導入する場合には、その名称だけで判断してはいけません。毎月の給与として支給するのであれば、実務上は賃金として整理される可能性が高くなります。その場合、割増賃金の基礎から除外できるのか、社会保険料や労働保険料の対象になるのか、賞与や退職金計算の基礎に含めるのかを明確にしておかなければなりません。名称を「退職金前払手当」としていても、毎月固定的に支給され、労務の対償として扱われるのであれば、給与計算上は賃金として処理する必要が出てきます。ここを曖昧にしたまま運用すると、未払残業代、社会保険料の算定誤り、労働保険料の申告誤りにつながる可能性があります。企業型DCを導入する場合にも、労務管理上の注意点があります。特に選択制DCのように、従業員が給与の一部をライフプラン手当などとして受け取るか、企業型DCの掛金に充てるかを選択する制度では、賃金額、社会保険の標準報酬月額、将来の社会保険給付、割増賃金単価などに影響が生じる場合があります。社会保険料が下がるというメリットだけを強調して導入すると、後に従業員から「傷病手当金や出産手当金、将来の年金額に影響があるとは聞いていなかった」と言われる可能性があります。これは制度導入時の説明不足として、労務トラブルの原因になります。したがって、企業型DCを導入する際には、福利厚生制度としての説明だけでなく、労働条件への影響を説明することが重要です。特に選択制DCでは、本人の選択によって給与、社会保険、各種給付、残業単価に影響が出る可能性があるため、同意書や説明資料の整備が欠かせません。退職金制度の見直しは、採用戦略としては有効です。若手社員や中途採用者にとって、将来の退職一時金よりも、現在の給与や企業型DCとして見える処遇の方が魅力的に映ることがあります。また、会社にとっても退職給付債務を管理しやすくなり、人件費の見通しを立てやすくなります。しかし、労務管理の視点を欠いた制度変更は危険です。中高年社員の反発、説明不足による不信感、規程間の矛盾、給与計算上の誤り、社会保険・労働保険への波及、未払残業代リスクなど、実務上の問題が一気に発生する可能性があります。退職金を廃止するかどうかだけを議論するのではなく、会社として退職給付をどのように再設計するのかを考える必要があります。退職一時金として将来まとめて支払うのか、企業型DCとして在職中に積み立てるのか、前払退職金として給与に反映させるのか。その選択によって、労務管理上の取り扱いは大きく変わります。社労士として企業に提案すべきなのは、「退職金廃止」という単純な制度変更ではありません。既存社員の不利益を抑え、若手・中途採用者への処遇訴求力を高め、規程と給与計算の整合性を確保し、社会保険・労働保険への影響まで整理した退職給付制度の再設計です。退職金制度の見直しは、コスト削減の手段ではなく、労務管理の高度化です。制度を変えるのであれば、会社は従業員に対し、何がなくなり、何に置き換わり、どのような影響があるのかを具体的に説明する必要があります。その説明ができない制度変更は、たとえ制度そのものに合理性があっても、現場では受け入れられません。退職金をなくすのではなく、退職給付を時代に合わせて設計し直す。その際に必要なのは、税制や金融商品の知識だけではありません。就業規則、不利益変更、賃金性、社会保険、労働保険、給与計算、従業員説明までを一体で見る労務管理の視点です。

タイトルとURLをコピーしました