
大手脱毛サロン「ミュゼプラチナム」において約2300人の元従業員に対し総額約15億円の未払い賃金が発生していた問題で、2026年2月18日から国の未払い賃金立替払制度による支払いが開始されました。独立行政法人労働者健康安全機構から順次振り込みが行われ、実際に100万円前後の入金を確認した元従業員の声も報じられています。しかし社労士として思うのは、今回の支払いは企業の責任が果たされたことを意味するものではなく、あくまで倒産等による賃金未払いから労働者を最低限保護するための緊急救済措置に過ぎないという点です。賃金は労働契約の中心であり、支払い遅延や未払いは企業経営上の問題ではなく、労働基準法上の重大な義務違反です。制度が動いたという事実そのものが、企業の賃金支払体制の破綻を示しています。
未払い賃金立替払制度の仕組みと限界
未払い賃金立替払制度は、企業倒産等により賃金が支払われないまま退職した労働者に対し、未払い賃金の一部を国が立て替えて支払う制度です。支払業務は労働者健康安全機構が担い、その後企業に対して求償が行われます。つまり制度は企業の責任を肩代わりするものではなく、労働者保護を目的とした一時的な立替措置です。制度を利用するためには、事業主側では労災保険適用事業であり1年以上事業を行っていること、さらに破産や民事再生などの法律上の倒産、または中小企業に限り事業停止・賃金支払能力喪失といった事実上の倒産が認められる必要があります。労働者側では、倒産申立て等の6か月前から2年以内に退職していること、未払い賃金額について破産管財人や労基署の確認があること、そして倒産決定等の翌日から2年以内に請求することが求められます。対象となる賃金は、退職日前6か月以内に支払期日が到来していた定期給与や退職金であり、賞与は原則対象外です。また総額2万円未満の場合は支給対象になりません。さらに支払われるのは未払い賃金の全額ではなく8割に限定され、年齢区分ごとの上限も設けられています。例えば30歳以上45歳未満の場合、未払い賃金がいくら高額であっても立替払いの上限は176万円にとどまります。
このように制度は労働者を一定程度救済するものの、長期間の未払いや高額賃金の場合には実損が残る構造となっており、今回のような大規模未払い事案では「全額回収された」とは到底いえないケースが生じる可能性があります。
「一区切り」という認識の危険性と企業の重い労務責任
経営側からは立替払い開始をもって「一区切り」とする趣旨のコメントも出されていますが、社労士の視点から見ると極めて危うい認識のように思います。立替払いは問題の解決ではなく、企業の賃金支払責任が公的制度によって可視化されたに過ぎません。まず、立替払い後も企業の賃金支払義務や損害賠償リスクは消滅しません。遅延損害金や付加金請求の可能性、労基署対応、さらには社会保険料未納や源泉徴収未処理などの周辺問題も残りますので企業の責任負担が消えるわけでもありません。さらに深刻なのは信頼の問題です。賃金未払いは従業員の生活基盤を直接揺るがし、転職活動や社会保障にも影響を及ぼします。立替払いによって一時的に資金が入ったとしても、長期間の不安や精神的負担、キャリアへの影響が消えるわけではありません。人材確保、採用ブランド、既存顧客の信頼という観点でも企業が受けるダメージは極めて大きく、海外展開を掲げたとしても労務コンプライアンスへの懸念は付きまといます。
社労士としては、本件は制度が機能した成功事例ではなく、制度が発動せざるを得なかった重大な労務管理失敗事例として受け止めるべきだと考えます。賃金は「最後に払うコスト」ではなく「最優先で確保すべき義務」であり、この原則を軽視した経営は必ず信頼の崩壊という形で表面化します。今回の問題は、企業の再建よりもまず、未払いを生んだ労務管理体制の検証と責任の履行こそが問われているのではないでしょうか。
仙台・東京虎ノ門の社労士 社会保険労務士法人ブレインズ



