
労働時間を増やしたい人は少数派
厚生労働省が公表した調査によると、労働時間について「このままで良い」と回答した労働者は59.5%、「減らしたい」は30.0%であり、「増やしたい」と答えた人は10.5%にとどまりました。さらに、いわゆる過労死ラインとされる月80時間以上の残業を望む人はごくわずかでした。この結果を見る限り、日本の労働者の多くが長時間労働を望んでいるわけではありません。むしろ現状維持、あるいは可能であれば労働時間を減らしたいと考えている人が多数派です。しかし同時に、労働時間を増やしたいと回答した人の理由として最も多かったのは「たくさん稼ぎたいから」でした。つまり、長く働きたいというよりも、収入を得るために働かざるを得ない人が一定数いるということです。今回の調査は、日本の労働時間問題が単純な「働きすぎ」の問題ではないことを示しています。
日本の長時間労働はメンバーシップ型雇用の副作用
日本の雇用の特徴は、仕事ではなく「人」を採用するメンバーシップ型雇用にあります。正社員は特定の職務のために雇われるというより、会社のメンバーとして採用され、その後に配置転換や職務変更を行いながら運用されます。この仕組みは雇用の安定という点では大きなメリットがあります。企業は簡単に解雇できないため、社員を長期的に雇用することが前提になります。しかしその代償として、仕事の範囲が明確に限定されません。業務量が増えた場合でも、新たに人を採用するより、既存社員の残業で吸収する形になりやすくなります。日本で長時間労働が発生しやすい理由の一つはここにあります。つまり、日本の長時間労働は個々の企業の問題というより、雇用制度の構造そのものから生まれている側面があります。
欧米のジョブ型は前提が違う
こうした議論になると、よく欧米のジョブ型雇用が引き合いに出されます。欧米では企業は人ではなく職務に対して人を雇うという考え方が基本です。職務の範囲や責任が契約で比較的明確に定められているため、会社が自由に業務を追加することは難しくなります。そのため仕事が増えた場合には、人を増やすか業務を外部化するという対応になりやすく、結果として労働時間が大きく膨らみにくい構造になります。ただし、欧米の雇用制度は日本とは別の前提の上に成り立っています。米国や英国などでは定年制度が原則として存在せず、年齢を理由とした雇用終了は基本的に認められていません。つまり雇用は年齢ではなく職務や能力によって決まるという考え方です。逆に言えば、職務がなくなれば雇用が続かないこともあり得ます。欧米型の雇用制度は、労働時間が限定されやすい代わりに、雇用保障の仕組みも日本とは大きく異なっています。
労働時間だけを議論しても問題は解決しない
今回の調査が示しているのは、労働者の多くが労働時間を増やしたいと考えているわけではないという事実です。しかし同時に、収入を増やしたいと考えている人は少なくありません。日本ではメンバーシップ型雇用の下で、仕事量の増加を既存社員の労働時間で吸収する仕組みが長く続いてきました。その結果として長時間労働が生まれやすくなっています。その一方で、欧米のジョブ型は職務を明確にすることで労働時間を抑えやすい仕組みを持っていますが、雇用制度や退職制度まで含めて日本とは前提が異なります。つまり、労働時間規制だけを見直しても、日本の働き方の問題は解決しません。本当に議論すべきなのは、労働時間そのものではなく、日本の雇用制度のあり方なのかもしれません。



