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第3の賃上げは実質賃金アップにならない理由

「実質手取り増」注目の“第3の賃上げ” 旅行代は全額会社負担、帰省費支給で離職率3分の1に 驚きの福利厚生【Nスタ解説】(TBS NEWS DIG Powered by JNN) – Yahoo!ニュース

第3の賃上げは「可処分所得の安定増加」になっていない

福利厚生がいくら拡充されても、実質賃金の議論において最も重要な「毎月の可処分所得が安定的に増えるか」という観点を満たしていません。例えば帰省費補助や出産祝い金は、支出の一部を代替するに過ぎず、日常的な生活費(食費・光熱費・住宅費)の上昇に対抗する機能を持ちません。実質賃金とは、名目賃金から物価上昇を差し引いた「購買力」です。ここで問題なのは、福利厚生は購買力を恒常的に押し上げる仕組みではなく、「特定支出の一時的軽減」にとどまる点です。つまり、インフレ環境下においては、むしろ生活の苦しさは変わらないまま、企業側が支援しているように見せる効果だけが強調されているように感じます。さらに、福利厚生は利用しなければ価値が発生しません。独身者や子どもを持たない社員、地元勤務者などは恩恵が限定され、「制度があるのに生活は楽にならない」という状態が生まれます。この時点で、全社員の実質賃金を底上げする仕組みではないことは明白です。

標準報酬月額に反映されないことの本質的リスク

社労士として最も重要な論点は、福利厚生が社会保険制度と切り離されている点です。給与として支給されない以上、健康保険・厚生年金の標準報酬月額には一切反映されません。ここで具体的に何が起きるかというと、まず将来の年金額が増えません。加えて、傷病手当金や出産手当金といった所得補償給付も増えないため、万が一の際の保障水準が低いまま固定されます。つまり、企業は「今の満足度」は上げられるが、「将来の保障」は一切強化していないという構造になります。さらに踏み込むと、企業側にとっては社会保険料負担を増やさずに実質的な報酬を提供できるため、コスト最適化の手段として機能します。しかしこれは裏を返せば、従業員側は長期的な資産形成(年金)やリスク保障(傷病時の所得補償)を犠牲にしている可能性があるということです。この構造を理解せずに「手取りが増えた」と評価するのは、極めて短期的かつ表層的な見方と言わざるを得ません。

福利厚生の拡充は格差是正ではなく格差拡大装置である

福利厚生は企業の利益を原資とするため、その充実度は企業規模・収益力に強く依存します。結果として、大企業は「給与+福利厚生」で総合的な生活支援を提供できる一方、中小企業は給与すら十分に引き上げられない状況に置かれます。ここで起きているのは単なる賃金格差ではなく、「生活の安定性の格差」です。住宅補助、育児支援、帰省支援といった制度がある企業では、可処分所得の実効水準が高まり、結婚・出産の意思決定にも影響を与えます。一方で、そうした制度がない企業では、同じ賃金水準でも生活リスクが高く、ライフイベントを先送りせざるを得ません。さらに、この差は採用市場で再生産されます。待遇の良い企業に人材が集中し、中小企業は人材確保が困難になり、結果として生産性も上がらず、さらに待遇改善ができないという負の循環に入ります。

つまり、「第3の賃上げ」は一部企業における魅力向上策であって、社会全体の賃上げではありません。それどころか、企業間格差を固定化・拡大させる方向に作用しています。結論として、福利厚生はあくまで補助的な制度であり、実質賃金の改善とは切り分けて評価すべきです。本質的な課題は依然として基本給の引き上げであり、そこから目を逸らす議論は現場感覚としても危ういと言えるのではないでしょうか。「第3の賃上げ」という言葉でごまかして欲しくはないと思っています。

仙台・東京虎ノ門の社労士 社会保険労務士法人ブレインズ

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