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社会保険料引き下げは本当に実現できるのか

【選挙の争点】現役世代の負担軽減策「社会保険料引き下げ」は実現できる?財源に税金投入の現状も 「支出を減らす」か「誰かの負担を増やす」か…負担引き下げの裏にあるリスク【衆議院選挙2026】(MBSニュース) – Yahoo!ニュース

2026年の衆議院選挙では、多くの政党が「社会保険料の引き下げ」を公約の中心に据えています。給与明細を見ると、所得税や住民税よりも社会保険料の天引き額のほうがはるかに大きいという人が珍しくなくなった現在、現役世代から「これ以上の負担は耐えられない」という声が上がるのは自然なことでしょう。しかし、制度を日常的に扱う社労士の立場から見ると、このテーマは単純なスローガンで語れるほど簡単ではありません。「下げます」という言葉だけが先行しても、その裏付けとなる財源や制度設計が伴わなければ、現実には何も変わらないからです。

本記事では、感覚論やイメージではなく、公的機関が公表している具体的な数値をもとに、「社会保険料引き下げ」という公約がどこまで現実的なのかを丁寧に検証してみたいと思います。


社会保障はすでに保険料だけで支えられていない

まず最初に確認すべき最も重要な事実は、日本の社会保障制度が置かれている財政状況です。厚生労働省の発表によれば、2025年度の社会保障給付費は約140.7兆円に達しています。この金額は国家予算全体の中でも極めて大きな比重を占めており、日本の財政運営の中心課題そのものと言っても過言ではありません。給付の内訳を見ると、年金が約62.5兆円、医療が約43.4兆円、介護を含む福祉その他が約34.9兆円となっています。いずれの分野も高齢化の進行に強く影響を受けるものであり、人口構造を考えれば今後さらに増加していくことがほぼ確実視されています。そして、ここで決定的に重要なのが財源の内訳です。同じく公表データによれば、社会保障給付を支える財源のうち、保険料で賄われているのは約82.2兆円、全体の59.8%にすぎません。残りの約55.3兆円、実に40.2%は税金などの公費で補填されているのです。これはつまり、日本の社会保険制度がすでに「保険料で自立している制度」ではなくなっていることを意味します。本来、社会保険は税金とは別建てで、保険料収入によって運営される仕組みとして構築されてきました。しかし現実には、その原則は事実上崩れており、巨額の税投入なしには維持できない構造に変化しています。このような財政状況のもとで、「社会保険料だけを引き下げる」という主張がどれほど難しいかは明白です。保険料収入を減らせば、すでに不足している財源の穴はさらに拡大します。その穴を埋めるためには、給付を削るか、税金を増やすか、あるいは別の誰かの負担を増やすしかありません。ところが、選挙の公約ではその最も重要な部分がほとんど語られません。財源の議論を避けたまま「引き下げ」という言葉だけが強調されていること自体が、このテーマの大きな矛盾を示しているのではないでしょうか。


現役世代の負担増は感覚ではなく数字の現実

社会保険料の負担感が強まっているという現役世代の実感は、決して思い込みではありません。これについても、明確な統計データが存在します。財務省などの公表資料によれば、給与額面に対する社会保険料率(被保険者負担分)は、2000年頃には約11.3%程度でした。それが2012年には約14.2%、2025年には約15%へと着実に上昇しています。さらに将来推計では、2040年頃には約16.3%にまで高まると見込まれています。この間、日本の賃金水準は大きく伸びてきたわけではありません。結果として、社会保険料の天引き額だけが相対的に重くなり、「働いても手取りが増えない」という感覚が広く共有されるようになりました。具体的な試算を見ても、この傾向ははっきりしています。一般的な手取り計算ツールで試算すると、例えば月収40万円から45万円程度の会社員の場合、所得税と住民税を合計した額よりも、健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険を合わせた社会保険料のほうが圧倒的に大きくなるケースが多く見られます。この現象は、もはや一部の高所得者だけの問題ではありません。ごく平均的な現役世代にとっても、「税金より社会保険料のほうが重い」という状況が当たり前になっているのです。しかし、こうした負担増の最大の要因は、政治的な判断ミスというよりも、人口構造そのものにあります。総務省の長期人口推計によれば、1950年には高齢者1人を現役世代12.1人で支えていた社会が、2024年には2.0人で支える構造となり、2070年には1.3人で支える社会になると予測されています。支える側の人数が急速に減り、支えられる側の人数が増えていく社会では、1人あたりの負担が重くなりやすいのは数学的な必然です。この現実を前にして、単純に「保険料を下げる」と言い切ることがどれほど難しいかは、データを見れば明らかと言えるのではないでしょうか。


「引き下げ」を実現するための現実的な選択肢

では、こうした厳しい現実の中で、社会保険料を下げることは完全に不可能なのでしょうか。理論上は可能です。しかしそのための手段は極めて限定されています。社会保障の財政は、収入と支出のバランスで成り立っています。したがって保険料を下げるためには、医療や年金などの給付水準そのものを引き下げるか、税金による財源補填をさらに増やすか、あるいは高齢者側の自己負担を引き上げるかという選択肢しかありません。例えば医療費について見ると、2023年度の国民医療費は約48兆円に達しており、2000年頃から一貫して増加を続けています。予防医療の推進や重複検査の是正、医療DXによる効率化といった政策は確かに重要ですが、これらの取り組みだけで数十兆円規模の支出を短期間で削減できるという客観的根拠は存在しません。公費投入を増やすという方法も理論上は可能です。しかし、すでに給付の4割が税金で賄われている現状を考えれば、これ以上の大幅な公費拡大は、別の形での国民負担増につながる可能性が極めて高いと言えます。最も本質的な選択肢は、高齢者の自己負担割合や負担構造の見直しです。現在、75歳以上の医療費窓口負担は原則1割となっていますが、これを2割・3割へと引き上げる議論は以前から存在します。しかし、所得や資産の把握の難しさ、政治的な合意形成の困難さなど、実務面でのハードルは非常に高いのが実情です。これらを総合すると、社会保険料引き下げとは結局のところ、「誰の負担をどのように変えるのか」という配分の問題であることが分かります。ところが選挙の場では、その最も重要な論点が十分に示されないまま、「引き下げ」という言葉だけが独り歩きしているのです。


データが示す冷静な結論

ここまで見てきた数値と制度構造を踏まえると、短期的に社会保険料を大きく引き下げることは、極めて困難であるという結論に至ります。社会保障給付は140兆円を超える規模で増え続け、財源の4割はすでに税金で補填されている。支え手である現役世代は減少し、医療費や介護費は今後も増加が見込まれる。これらはすべて、政府統計が示す動かしがたいエビデンスです。この現実の上で社会保険料を下げるためには、どの給付をどの程度削るのか、あるいはどのように新たな財源を確保するのかという具体策が不可欠になります。その説明を伴わないまま「引き下げ」だけを掲げる公約は、制度の現実から見て実現可能性が低いと言わざるを得ません。有権者にとって本当に重要なのは、負担軽減という言葉の響きではなく、その裏付けとなる数字と設計です。社会保険料の問題は、感情やスローガンではなく、あくまでデータと制度設計の問題であるという基本に立ち返る必要があります。衆院選で語られる「社会保険料引き下げ」を評価する際には、その公約がどのような財源計画とセットになっているのかを、冷静に見極めることが求められているのではないでしょうか。

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