
働き方改革総点検は「労働時間調査」に偏っている
厚生労働省は、働き方改革関連法施行後5年の総点検として、労働時間に関する労働者の意識調査を公表しました。調査では、「労働時間はこのままでよい」が約6割、「減らしたい」が約3割、「増やしたい」が約1割という結果が示されていますが、内容を見ると中心となっているのは労働時間の増減に関する意向や時間外労働の状況です。つまり調査の多くは「労働時間」に関するものとなっています。もちろん長時間労働の是正は重要な政策課題です。しかし本来の働き方改革とは、単に労働時間を減らすことではありません。仕事の進め方や評価制度、組織文化、人材育成など、働く仕組みそのものを見直すことが目的と考えています。今回の総点検は働き方改革の検証というより、労働時間に関する意識調査に近い印象を受けます。働き方改革という大きなテーマを考えるには、少し視点が限定的ではないでしょうか。
労働時間を増やしたいという回答の背景には賃金構造がある
今回の調査で注目すべきなのは、「労働時間を増やしたい」と回答した理由です。最も多かった理由は「たくさん稼ぎたいから」でした。これは重要な示唆ではないでしょうか。労働者が長時間労働を望んでいるというより、残業収入を前提とした生活構造が存在している可能性があるからです。基本給が低くて残業代が生活費の一部になっている場合は残業削減はそのまま手取りの減少につながります。社労士として企業の相談を受けていると、実際にこうした構造は珍しくありません。働き方改革を進める際に、単に残業時間を減らすだけでは、「収入が減る」「人材が定着しない」といった問題が生じることもあります。つまり、働き方改革を本気で進めるのであれば、労働時間だけではなく、賃金体系や評価制度を含めた処遇設計まで議論する必要があります。労働時間の問題は、賃金制度や働き方の構造とも深く結びついているからです。
働き方改革の鍵はエンゲージメントと心理的安全性
働き方改革を制度だけで終わらせないために重要なのが、エンゲージメントと心理的安全性です。エンゲージメントとは、社員が自分の仕事や組織に対して主体的に関わろうとする意欲のことです。単なる満足度とは異なり「会社の目標に貢献したい」「自分の仕事に意味がある」と感じている状態を指します。エンゲージメントが高い組織では、生産性が高く、離職率が低いという傾向が多くの研究でも指摘されています。また心理的安全性とは、職場の中で自分の意見や疑問、改善提案を安心して発言できる状態を指します。心理的安全性が低い職場では社員は問題があっても声を上げず、結果として業務改善も進みにくくなります。社労士として企業の組織課題を見ていると、長時間労働の背景にはこの組織文化の問題が潜んでいることが少なくありません。意見が言えない職場では、業務の無駄や非効率が表に出ず、結果として長時間労働が続きやすくなります。働き方改革を実効性のあるものにするためには、制度整備だけでなく、社員が主体的に働ける組織文化を作ることが不可欠ではないでしょうか。
人的資本経営の視点がこれからの働き方改革を変える
近年、企業経営において注目されているのが人的資本経営です。人的資本経営とは、人材を単なるコストではなく、企業価値を生み出す資本として捉える考え方です。従来の人事管理は、人件費の管理や労務管理が中心でした。しかし人的資本経営では、人材への投資や能力開発、エンゲージメント向上を通じて企業価値を高めることが重視されます。この視点に立つと、働き方改革の意味も変わります。残業時間を減らすことが目的ではなく、人材が能力を発揮できる環境を整えることが目的になります。社員が成長し、安心して働き続けられる組織を作ることが、企業の持続的な成長につながるからです。働き方改革と人的資本経営は本来同じ方向を向いています。「人が活躍できる組織をどう作るか」という点が両者にとって改革の鍵ではないかと考えています。
まとめ
今回の「働き方改革総点検」は、労働時間に関する意識調査としては一定の意味があります。しかし、その内容を見る限り、本来の意味での「働き方」を十分に捉えているとは言い難いと感じます。労働時間の増減だけを見ても、企業の生産性や人材定着、組織の活力といった本質的な課題は見えてきません。実務の現場で企業を支援していると、長時間労働の問題は単純な労働時間管理の問題ではないことがよく分かります。賃金体系の設計、業務の属人化、評価制度、組織文化、人材育成など、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。労働時間だけを規制しても、仕事の進め方や組織の構造が変わらなければ、現場の負担は根本的には改善しません。近年の経営議論では、エンゲージメントの向上や心理的安全性、人的資本経営といった概念が注目されています。これらは流行のキーワードではなく、社員が主体的に働き、能力を発揮できる組織をつくるための重要な視点です。働き方改革とは、何時間働くかの問題ではないと考えています。その本質は人が力を発揮できる職場をどう作るかという、経営そのものの問題なのではないでしょうか。
仙台・東京虎ノ門の社労士 社会保険労務士法人ブレインズ



