
全労連が示した「労働時間を増やしたい労働者は11%にとどまる」という調査結果は、労働時間規制緩和への強い反対材料として扱われています。しかし、この数値をもって日本の労働者の総意とみなすのは、やはり無理があります。今回の調査は 全労連 の加盟組織や関係団体を通じて行われ、回答者の大半は正規雇用で、かつ組合に所属する層でした。雇用の安定や一定の処遇を前提とする集団において、「これ以上働きたいとは思わない」「むしろ減らしたい」という声が多くなるのは自然であり、その結果自体を否定するものではありません。ただし、それはあくまで「特定の立場にある労働者層」の傾向を示したものであって、労働市場全体の実態とは別物です。
さらに重要なのは、「労働時間を増やしたい」と答えた人の理由の大半が「今の収入では生活が苦しいから」であった点です。これは長時間労働への志向を示すものではなく、賃金水準が生活を支え切れていないという現実を示しています。本来ここから導かれるべき論点は、賃金構造や処遇改善であり、「だから労働時間規制は緩めるべきでない」という結論に直結させるのは、原因と結果を取り違えた議論と言わざるを得ません。
Indeed調査と海外事例が示す「もう一つの現実」
一方、同時期に公表された Indeed Japan の調査では、フルタイム正社員の約2割が「労働時間を増やしたい」と回答しています。特に20代ではその割合が高く、理由も「収入を増やしたい」「キャリアアップにつながる」「経験を積みたい」といった前向きなものが中心でした。ここには、ライフステージによっては「もう少し働きたい」「働ける余地がほしい」と考える層が、確実に存在していることが表れています。この傾向は日本特有のものではありません。たとえば欧州では、労働時間の短縮と並行して「時間を選べる制度設計」が進められてきました。ドイツでは法定労働時間の上限を厳格に維持しつつ、個人単位での労働時間増減を可能にするフレックスタイムや労働時間口座制度が広く普及しています。オランダでは、フルタイム・パートタイムの切り替えを労働者の請求で行える仕組みが法制化されており、「短く働く自由」と同時に「長く働く選択肢」も制度上確保されています。
アメリカでも、法定の上限規制は日本や欧州ほど強くない一方で、専門職や若年層を中心に「一定期間は集中的に働き、報酬や経験を得る」というキャリア形成が一般的です。重要なのは、いずれの国でも「一律に長時間を強いる制度」ではなく、健康確保を前提に、個人の選択を尊重する方向で制度が組み立てられている点です。
規制緩和論の本質は「長時間化」ではなく「選択肢」
労働時間をめぐる議論は、ともすれば「規制緩和=長時間労働の復活」「規制維持=労働者保護」という単純な構図で語られがちです。しかし、現実はそこまで単純ではありません。全労連調査が示すように、労働時間を減らしたい人が多数存在するのは事実であり、その声は尊重されるべきです。同時に、Indeed調査や海外事例が示すように、「今の時期はもう少し働きたい」「収入やキャリアのために選択肢がほしい」と考える人が一定数存在することも、同じく現実です。
問われているのは、労働時間を一律に増やすか減らすかではありません。働き過ぎを防ぐ安全装置を維持した上で、個人がライフステージや価値観に応じて働く時間を選べる制度になっているかどうかです。全労連の調査は、その一側面を示したにすぎず、それをもって規制緩和論全体を封じる材料とするのは、あまりにも視野が狭いのではないかと思います。
仙台・東京虎ノ門の社労士 社会保険労務士法人ブレインズ



