
厚労省統計が示す現実【相対的貧困率15.4%という数字】
まず事実関係から整理したいと思います。日本で「7人に1人が貧困層」と言われる根拠は、感覚論ではなく厚生労働省の公式統計です。厚生労働省が公表している「国民生活基礎調査(2022年公表・2021年所得)」によれば、日本の相対的貧困率は15.4%とされています。ここでいう相対的貧困とは、等価可処分所得の中央値の50%未満の世帯を指します。2021年時点の日本の貧困線は127万円と明確に示されています。15.4%という数字を人数換算すると、1÷0.154で約6.5人に1人という計算になります。したがって「7人に1人」という表現は完全な誇張ではなく、実態をおおむね正確に表現したものといえます。注意すべきは、この数字が生活保護水準のような絶対的貧困ではなく、社会の中央値からどれだけ離れているかを測る「相対的貧困」の指標である点です。つまり、この15.4%という値は、日本社会の格差の広がりそのものを映し出す鏡といえます。さらに厚労省データを細かく見ると、子どもの貧困率は11.5%、ひとり親世帯では40%を超える水準に達しています。全体平均だけでなく、世帯類型によって貧困リスクが大きく異なることも公式統計から明らかです。こうした数字は、「貧困は一部の特殊な人の問題」という見方がすでに通用しないことを示しています。
G7比較で浮かび上がる日本の構造的な弱さ
次に国際比較の視点です。日本の相対的貧困率は、主要先進国の中でどの位置にあるのか。OECDが公表している各国比較データでは、日本の相対的貧困率はG7諸国の中でも高めの水準に位置しています。OECDの「Society at a Glance 2024」では、各国の貧困率が同一基準で比較されており、日本は欧州主要国より高く、格差是正が進んでいない国の一つとして扱われています。OECDの日本に関する分析レポートでも、日本の特徴として、労働市場の二重構造と所得再分配機能の弱さが指摘されています。欧州諸国では、非正規雇用の濫用を防ぐ法制度や、手厚い社会保障によって貧困率を抑える政策が一般的です。一方、日本では長年にわたり非正規雇用の拡大が続き、所得格差がそのまま貧困率の高さとして表れてきました。この点は、単に「日本人が貧しくなった」という話ではなく、制度設計の違いが生み出した結果です。最低賃金レベルで働く人の増加、非正規雇用の固定化、正規と非正規の賃金格差といった構造が、国際比較の中で日本を不利な位置に押し上げているのです。貧困率の高さは、日本社会の制度的な脆弱性を反映した指標といえます。
アンダークラス900万人――雇用形態が生み出す固定化
「アンダークラス900万人」という表現は、公的統計の貧困率とは別の研究アプローチによる概念です。早稲田大学の橋本健二教授の階層研究では、学歴、職業的地位、所得などを総合的に分析した結果、日本に約900万人規模の「アンダークラス」が存在するとされています。これは単なる低所得者層ではなく、不安定就労や低い社会的地位が重なり合い、階層的に固定化されつつある人々を指します。実際の所得データを見ると、その実態はさらに生々しくなります。報道で引用されている調査では、59歳以下のアンダークラスの平均年収は216万円、正規雇用者の平均年収は486万円とされ、2倍以上の開きがあります。別の統計でも、正社員の年収中央値が466万円であるのに対し、非正規雇用は178万円という大きな格差が確認されています。ここで重要なのは、この差が個人の努力や能力よりも、雇用形態という制度的要因でほぼ決まってしまっている点です。さらに近年のデータでは、大卒者の5人に1人、大学院修了者でも10人に1人が非正規雇用という状況にあります。その約6割が「不本意非正規」と回答していることからも、学歴があっても安定雇用に結びつかない現実が浮かび上がります。かつての日本で機能していた「学歴→正社員→中間層」というモデルは、もはや多くの人にとって成立していません。社労士として企業の現場で見ていると、病気や介護、出産・育児、雇止めなどをきっかけに正規雇用から外れ、一気に生活基盤が弱体化するケースが増えています。とりわけシングル女性の非正規就労は貧困リスクが高く、少子化対策や働き方改革が進む一方で、この層への直接的支援は依然として薄いのが現状です。日本の雇用制度は長らく、正社員を中心に設計され、非正規雇用を低コストの調整弁として使う構造を維持してきました。EU諸国では有期雇用の厳格な規制や同一労働同一賃金の徹底が進む中、日本では正規と非正規の待遇差が固定化され、その結果としてアンダークラスの膨張が進んでいます。貧困率の高さも、階層の固定化も、個人の問題というより制度の問題であることは、ここまでのデータが明確に物語っています。格差の固定化が進めば、努力しても報われないという学習性無力感が社会に広がります。結婚や出産の回避、消費の縮小、人材育成への投資の停滞など、影響は個人にとどまりません。15.4%という数字は、静かに進む社会の地盤沈下を示す警告のように感じます。



