loader image

最新情報

同じ仕事をしているのに、正社員と非正規で待遇に差があります

同じ部署で同じ仕事をしているのに、正社員と契約社員でボーナスや福利厚生に差があります。これは「働き方」の違いとして受け入れるべきでしょうか?(ファイナンシャルフィールド) – Yahoo!ニュース

一般向けの解説記事では、この問いに対して次のように説明されることが多い。差があること自体が直ちに問題なのではなく、合理的な理由があるかどうかが大切だ。まずは会社に説明を求め、冷静に話し合うことが重要だ。雇用形態が違えば待遇に一定の差が出るのはやむを得ない場合もある。こうした内容は一見もっともらしく、読んでいても違和感はありません。しかし実務の現場に長く携わっている立場から見ると、この種の解説はあまりにも甘すぎます。形式的には正しいことを言っているようで、最も重要な部分が意図的にぼかされているからです。働く側が本当に知りたいのは穏やかな心構えではなく、「この待遇差は制度として成立しているのかどうか」を判断する基準のはずです。その核心が曖昧なままでは、どれだけ丁寧な一般論を読んでも現場の問題は解決しません。本質はきわめて単純です。
同一労働同一賃金の考え方のもとでは、「差があること」が問題なのではありません。会社がその差を、職務の実態に基づいて合理的に説明できるかどうかがすべてです。この一点を徹底的に掘り下げずに、「話し合いましょう」で終わらせる解説は、実務的にはほとんど役に立たないのです。


賞与や福利厚生を「会社の裁量」と軽く扱う危うさ

一般向けの解説記事では、賞与や福利厚生について「会社が自由に決められる部分もある」といった表現がよく使われます。制度を設けるかどうかは確かに会社の裁量です。しかし、いったん制度として存在する以上、その運用の合理性は厳しく問われます。この当たり前の前提が十分に強調されていないことが、まず大きな問題です。とりわけ賞与は、実務上もっとも説明責任が重い待遇のひとつです。多くの会社では賞与を「業績や貢献に応じた対価」として設計しています。そのような位置づけである以上、同じ部署で同じ仕事をし、同じ評価制度のもとで働いている人に対して、雇用形態だけを理由に一方には支給し、一方にはまったく支給しないという扱いを合理的に説明するのは極めて困難です。ところが一般向けの記事では、賞与は会社の裁量だから差があってもやむを得ない部分がある、といったニュアンスで語られることが少なくありません。これは完全に逆です。実務の感覚では、賞与こそ最もシビアに合理性を問われる領域であり、雇用形態による線引きが最も通用しにくい部分です。その厳しさを伝えずに「裁量の問題」として軽く流してしまうのは、働く側に誤解を与えるだけです。福利厚生についても同様です。食堂や休憩室などの施設利用、各種の制度適用といった福利厚生は、働くための基盤に近い待遇です。こうした領域で正社員と契約社員を分けるなら、なぜ契約社員には適用できないのかという明確な目的合理性が必要になります。「雇用形態が違うから」という説明ではほとんど通用しません。しかし一般的な解説では、このハードルの高さがほとんど語られていないのです。さらに見逃されがちなのが、待遇差は「総額」ではなく「項目ごと」に判断されるという大原則です。年収全体としてバランスが取れていればよい、という発想は同一労働同一賃金の考え方では成り立ちません。基本給には基本給の、賞与には賞与の、福利厚生には福利厚生の、それぞれ独立した合理性が必要です。この厳密さをきちんと伝えていない点も、一般向け解説の大きな欠点です。


合理性の説明責任

一般向けの解説記事では、「合理的な理由があれば差は認められる」というフレーズが繰り返されます。これは制度の建前としては正しい。しかし実務では、その合理的な理由を具体的に立証することがどれほど難しいかがほとんど語られていません。ここに決定的な甘さがあります。会社が待遇差を正当化するためには、職務内容や責任の程度、配置転換の範囲、人材活用の仕組みなど、仕事の実態に基づく客観的な理由を示さなければなりません。単に正社員だから、将来の期待があるから、長く勤めているから、といった抽象的な説明では足りないのです。ところが多くの一般記事は、このハードルの高さをまったく伝えていません。とりわけ現場で頻発するのが、制度上の建前と運用実態が食い違っているケースです。就業規則では正社員は転勤や異動があると書かれているが、実際にはほとんど行われていない。仕事内容も責任も契約社員とほぼ同じ。こうした状況で「転勤可能性」を根拠に待遇差を説明できるかのように書く解説は、実務感覚からは完全にずれています。合理性は紙の規定ではなく、日々の運用実態で判断されるのです。また、待遇差の理由は後付けでは通用しません。賞与は成果への対価だと説明しておきながら、実際には雇用形態で一律に線引きしている。手当は職務の困難さに応じて支給すると言いながら、同じ仕事でも正社員だけに支給している。こうした矛盾は、実務ではほぼ確実に問題になります。しかし一般向けの記事では、このレベルの具体的な危うさがほとんど描かれていません。働く側にとって本当に必要なのは、「会社に説明を求めましょう」という優しいアドバイスではありません。説明できない差は受け入れる必要がないという、もっとはっきりした判断軸です。そこを示さない解説は、現場の役には立たないのです。


まとめ

一般向けの解説記事では、最後に必ずと言っていいほど「建設的に話し合いましょう」「冷静に会社と対話しましょう」というまとめ方がされます。もちろん対話は重要です。しかし実務の現実は、そんなにきれいな話ではありません。多くの会社では、同一労働同一賃金の観点から制度がきちんと整理されておらず、そもそも合理的な説明を用意できていないまま運用されているのが実情です。そのような状態でいくら話し合いをしても、結局は「昔からこうだから」「正社員は正社員だから」という曖昧な説明に終始することになります。そこに踏み込まず、単に対話を勧めるだけの解説は、現場から見ると無責任に近いのです。本当に必要なのは、差を穏やかに受け止める心構えではありません。その差が制度として成立しているのかどうかを、冷静に見極める視点です。合理的に説明できない待遇差は、その時点で会社にとって大きなリスクであり、働く側にとっては受け入れる必要のない差であるという事実を、もっとはっきり伝えるべきです。だからこそ、タイトルの問いに対する実務的な答えは明確になります。
同じ部署で同じ仕事をしているのに、正社員と契約社員でボーナスや福利厚生に差がある。これは働き方の違いとして受け入れるべきでしょうか。結論は、「会社がその差を仕事の実態に基づいて合理的に説明できる場合に限り受け入れうる」であり、説明できない差を我慢する必要はまったくない、ということです。このテーマは気持ちの整理の問題ではありません。制度の合理性の問題です。その本質を曖昧にしたままの穏当な解説では、現場で悩む人の助けにはなりません。必要なのは誰も傷つけない一般論ではなく、実務に即した厳しい視点です。その視点を持つことこそが、自分の働き方を守る最も確実な方法なのではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました