
岩手県が令和8年2月3日に制定した「物価高騰対策賃上げ支援金」の募集が開始されました。最低賃金の大幅な上昇が続く中、中小企業が継続的に賃上げを行い、人材確保につなげるための支援制度です。県全体の予算は25億4,000万円で、上限に達し次第終了となります。
本制度は「賃上げそのもの」を直接評価する仕組みであり、単なる設備投資補助とは異なります。実務上の計算方法や継続要件の理解が極めて重要になります。
制度の概要と支給額
対象となるのは、岩手県内に本社または事業所を有する中小企業者および個人事業主です。県税に未納がなく、重大な法令違反歴や不正受給歴がないことなどが前提条件となります。また、県内事業所で常時使用する従業員を1人以上雇用していることが必要です。支給額は、要件を満たした従業員1人あたり6万円です。対象人数は最大50人までとなるため、基本枠では最大300万円となります。さらに、令和7年10月1日から令和7年12月1日の間に、時給971円未満の従業員を1,031円以上へ引き上げた場合は、1人あたり2万円が加算されます。したがって、条件を満たせば最大1人8万円の支給となります。
最重要ポイント「60円以上の賃上げ」
対象期間は令和7年10月1日から令和8年9月30日までです。この期間中に実施した賃上げが対象になります。要件は明確で、賃上げ月の前月と比較して、1時間あたり60円以上引き上げていることが必要です。そして、引き上げ後の賃金を最低1か月以上支給している実績があり、その水準を1年間継続することが求められます。この「1年間継続」が非常に重要です。業績悪化などにより途中で賃金を下げた場合、返還対象となる可能性があります。申請時点だけでなく、1年後まで見据えた賃金設計が不可欠です。
計算方法の落とし穴
本制度でいう「賃金」には、基本給に加えて恒常的に支払われる手当が含まれます。ただし、すべての手当が対象になるわけではありません。例えば、居住実態の変更による住宅手当の増額や、昇進に伴う役職手当の追加などは、事業所としての賃上げとは認められません。また、週休制度の変更など労働条件の変更によって結果的に時給が上昇したケースも、審査の結果、対象外となる可能性があります。前回制度では、事業者側の計算と審査側の計算が食い違い、不支給となった事例がありました。特に月給者の時間換算は誤りが出やすい部分です。単純に月額差額を割るだけではなく、所定労働時間の扱いを正確に整理する必要があります。
最低賃金との関係
申請にあたっては、賃上げ月およびその前月の時給が、それぞれの時期の最低賃金以上であることが必要です。最低賃金を下回っている場合は対象外となります。さらに、申請時点で事業所内のすべての労働者の時給が最低賃金を上回っていることも条件です。個別従業員だけでなく、事業所全体の状況を確認しなければなりません。
併給調整と申請上の注意
本支援金は、国の物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金を財源としています。そのため、他の賃上げ系補助金との重複支給が認められない場合があります。既に補助金を受けている事業者は、事前確認が不可欠です。申請は1事業者1回限りです。法人の場合は法人番号単位でまとめて申請します。支給決定後も関係書類は5年間保存義務があり、調査対象となる可能性があります。虚偽申請や要件未充足が判明した場合は、支給取消や返還請求が行われます。

社労士としての実務提言
最低賃金の上昇局面において、賃上げは避けて通れません。本制度はその一部を補填する有効な仕組みですが、「60円」の判断と「1年継続」の設計を誤ると、かえってリスクを抱えることになります。申請ありきで賃上げを決めるのではなく、まず賃金テーブルを整理し、その上で制度活用を検討することが最も安全な方法です。計算方法に不安がある場合は、事前に専門家へ確認することを強くおすすめします。



