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通勤時間とメンタルヘルスの関係とは 

通勤「44分」がメンタルヘルスの分岐点 それ以上は苦痛、それ以下は息抜き効果 共働き労働者500人以上を調査 米国チームが研究発表(ITmedia NEWS) – Yahoo!ニュース

通勤時間は、実は結構軽く扱われがちなテーマです。住む場所は本人が決めたことだから、通勤のつらさも本人の問題だと考えられやすいからです。しかし、メンタルヘルスの観点から見ると、その見方はかなり危ういものです。実際、2025年公表の米国研究では、共働き世帯のフルタイム労働者568人を分析した結果、片道の通勤時間と心理的苦痛との間にU字型の関係が確認され、約44分までは心理的苦痛が下がり、それを超えると逆に上がる傾向が示されました。しかも、この傾向は仕事上の負荷や家庭内負担が高い人ほど強く表れています。つまり通勤は「短ければよくて長ければ悪い」という単純な話ではなく、一定までは気持ちを切り替える時間として機能し、長くなりすぎると負担へ転じるということです。社労士の立場からこの研究を読むと、注目すべきなのは「44分」という数字そのものではないように感じます。大事なのは、通勤時間がメンタルヘルスに影響を与える要素であり、その影響は仕事の重さや家庭責任と組み合わさって強まるという点です。会社がメンタル不調を考えるとき、業務量や人間関係だけを見ていては不十分で、出社のさせ方や通勤負担まで含めて見なければ、実態を取り違えやすいということではないかと考えます。

通勤時間はなぜメンタルヘルスに影響するのか

通勤は、単なる移動時間ではありません。仕事へ向かう途中で気持ちを整える時間にもなれば、仕事の緊張を家庭に持ち込まないための切り替え時間にもなります。研究が示したのも、まさにこの点ではないでしょうか。ある程度までの通勤時間は、心理的苦痛を和らげる方向に働き得る一方、長くなりすぎると、睡眠、家事、育児、休息に使える時間を削り、慢性的な疲労や焦りを生みます。特に、仕事のプレッシャーが高い人や、家庭内で担う役割が重い人では、この悪影響が大きくなりやすいとされています。日本の職場実務でも、この感覚は理解しやすいはずです。始業直後から電話、接客、現場対応、数値管理、部下対応が連続する人にとって、長い通勤は勤務前の時点で気力を削る要因になります。しかも日本では、通勤時間そのものも短くありません。総務省の令和3年社会生活基本調査では、平日に通勤・通学を行った人の行動者平均時間は全国で1時間19分、都道府県別では神奈川県1時間40分、東京都と千葉県が1時間35分、埼玉県が1時間34分でした。研究上の分岐点として示された44分を大きく超える通勤は、日本では決して珍しいものではありません。しかも、日本の通勤負担は「時間」だけでは済みません。国土交通省の令和6年度調査では、三大都市圏の平均混雑率は東京圏139%、大阪圏116%、名古屋圏126%でした。長いだけでなく、混雑によってさらに消耗しやすい構造です。したがって日本企業が考えるべきなのは、何分かかったかという表面的な数字だけではなく、混雑、乗換え、出社頻度、始業時刻まで含めた総合的な通勤負担です。

会社が見落としやすいのは通勤を「本人の問題」にしてしまうこと

労務管理の現場でよくあるのは、通勤を私生活の事情として片付けてしまうことです。たしかに、どこに住むかは本人の選択の側面があります。しかし、毎日出社させるのか、何時始業にするのか、異動や配置をどうするのか、時差出勤やテレワークを認めるのかは会社が決めています。つまり、通勤負担の大きさは、会社の制度設計や運用によってかなり左右されます。通勤がつらいのは本人の問題だと言い切ってしまうと、会社がコントロールできる部分まで見落としてしまいます。特に注意したいのは、同じ通勤時間でも負担の重さが全く違うという点です。独身で裁量が大きい社員と、育児や介護を抱える社員とでは、同じ45分でも意味が違います。出社後すぐに高密度の対人業務が始まる職種と、比較的自分のペースで仕事に入れる職種でも違います。今回の研究が示したように、通勤時間の影響は、仕事や家庭の負荷と組み合わさったときに強く出ます。だから会社は、単に「長時間通勤者がいるか」を見るのではなく、「誰に、どの働き方と組み合わさったときに通勤負担が危険になるか」を見なければなりません。社労士として実務上強く感じるのは、メンタル不調の前段階に、毎日の小さな消耗が積み重なっていることが多いということです。業務量が極端に多いわけではなくても、長い通勤で朝から疲れている、混雑で消耗している、帰宅後も家庭責任が重い、そうした状態が続けば、集中力の低下、遅刻欠勤、感情の不安定さ、離職意向の高まりにつながります。会社が職場の中だけを見て「特に問題はない」と判断していると、こうした外縁の負担を見落としやすくなります。

ストレスチェック制度の時代に通勤負担をどう労務管理へ落とし込むか

いわゆる「メンタルチェック制度」と呼ばれるものは、正確にはストレスチェック制度です。現在は、常時50人以上の労働者を使用する事業場で年1回の実施が義務付けられており、50人未満の事業場は現時点では当分の間努力義務です。一方で、2025年5月公布の改正労働安全衛生法により、50人未満事業場にも義務化する方針が示され、厚生労働省は2026年2月に小規模事業場向け実施マニュアルを公表しています。施行日は「公布後3年以内に政令で定める日」とされており、今後は小規模事業場でも本格対応が必要になる流れです。重要なのは、ストレスチェック制度の目的が、単に高ストレス者を見つけることではないという点です。厚生労働省は、制度の目的をメンタルヘルス不調の未然防止、つまり一次予防と位置付けており、集団分析とその結果を活用した職場環境改善を重要な手段としています。言い換えれば、結果を返して終わりではなく、なぜその部署で負担が高いのかを見て、働き方そのものを調整するところまでが本筋です。その意味で、通勤負担はストレスチェック制度と非常に相性の悪い盲点です。法定の質問票は通勤時間を直接聞く設計ではありませんが、集団分析の結果を読むときには、長時間通勤者が多い部署、対人負荷の高い部署、育児介護世代が集中している部署、出社頻度が高い部署などを重ねて見ないと、本当の原因にたどり着きにくいからです。高ストレス者が多い部署があったときに、業務量や上司との関係だけを疑うのではなく、始業時刻、出社頻度、通勤のしやすさまで見ることが、これからの労務管理では必要ではないでしょうか。

仙台・東京虎ノ門の社労士 社会保険労務士法人ブレインズ

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