loader image

最新情報

プルデンシャル生命の「歩合制」は何が問題だったのか【ライフプランナーがライフプランできない皮肉】

プルデンシャル生命で、社員や元社員107名が顧客から約31億円を不適切に受領していた問題が報じられました。架空の投資話を持ちかけたり、顧客に「お金を貸してほしい」と頼んで返さなかったりと手口は多様で、未返金は約23億円に上るとされています。さらに「35年前から問題行為が続いていた」とされる点は、偶発的な不祥事ではなく、長期にわたって組織のどこかが壊れていた可能性を示します。生命保険は信頼を土台にした商品ですから、この規模の裏切りは、単に営業の問題ではなく、企業としての根本の設計が問われる話だと私は考えます。社長会見では、原因の一つとして「報酬制度」を挙げ、業績に過度に連動する制度が不適切行為を誘発しやすく、不正を検知しづらかったと説明されました。社労士としてここで強く感じるのは、プルデンシャル生命が掲げる「ライフプランニング」という看板と、現場で起きていたとされる現実との残酷な矛盾です。顧客の将来を支える提案をするはずの「ライフプランナー」が、そもそも自分の生活の見通しすら立てられないほど追い込まれていたのだとしたら、それは職業の否定に近い皮肉になってしまいます。


プルデンシャル生命の歩合制が抱える労務管理上のリスク

元社員の証言では、週・月・年単位で順位が張り出され表彰される文化があり、競争意識は強いとされています。さらに成果報酬のコミッション制(歩合制)であるため、売れなければ家賃が払えず、食べていけなくなって辞める人が多いとも語られました。別の元社員は、売れないと最低賃金レベルの人もいて、生活に困った結果として顧客からお金を借りた人が「常に少しずついた」と話し、その話が社内で共有されていたとも述べています。社労士の立場から言うと、歩合制それ自体が直ちに違法だとは言いません。しかし、制度設計が「生活の最低ライン」を割り込む形になった瞬間に、歩合制は成果主義ではなく生存競争になります。生存競争になった現場は、倫理よりも目先の現金に支配されやすい。もちろん不正をした本人の責任は重いですが、生活不安を構造的に生む制度のもとで不正が広がっていったのであれば、企業は個人の資質に責任を押し付けることはできません。ここがまさに、労務管理の失敗です。そして、歩合制の危険性は「生活に困る側」だけでなく、「稼げる側」にも現れます。成果が出れば出るほど報酬が青天井になり、実際に年間1億円を稼ぐ人もいる世界では、今度は逆方向の歪みが生まれます。つまり、稼げない人は恐怖で追い込まれ、稼げる人は欲に目がくらみやすい。生活不安と過剰な成功体験という、真逆の圧力が同じ組織内に同時に存在し、どちらも「顧客より数字」という発想を強めてしまう危険があります。プルデンシャル生命のライフプランナーが顧客に「将来の安心」を語るなら、その前提として、本人の生活が破綻しない最低限の安定が必要です。顧客の長期の安心を提案する職業なのに、現場の収入は短期の恐怖で揺れ、家賃の支払いすら危うい。その状態では、顧客の未来を支えるどころか、現場は常に崩壊へ向かっていきます。だからこそ問題は、歩合制という言葉ではなく、社員を追い込み、あるいは欲を加速させ、不正を止める統制が効かなくなるような設計を放置してしまったことにあると考えます。


プルデンシャル生命の「個人裁量」が統制不全を招いた可能性

今回の問題を労務管理の視点で見ると、もう一つ危険なのは、現場が「個人の裁量に任されていた」とされる点です。営業職はもともと自由度が高い職種ですが、自由度が高いことと、監督がいらないことは別です。特に生命保険営業は、顧客の家計や資産、人生設計に踏み込む仕事であり、言ってしまえば「信頼そのもの」を扱う仕事です。そこに統制が届かなければ、顧客の被害が一気に拡大します。元社員は「個人の裁量に委ねられている部分があるので、監督が行き届かないこともあった」と語っていますが、もしこれが事実なら、会社が作っていたのは自由な職場ではなく、危険な領域を放置した職場です。しかも社長自身が「不正を検知しづらい制度だった」と述べています。これでは現場は、成果を求められる一方で、逸脱を止める仕組みが弱い状態になります。営業成績が全て、監督は薄い、収入は不安定。この組み合わせは、社員の一部を暴走させる条件として揃いすぎています。107名という人数、31億円超という金額、そして長年続いたとされる問題行為を考えると、「悪い社員が混じった」では説明できません。社労士として見るなら、個人の問題ではなく、組織の設計問題として捉えなければ再発は止まらないと考えます。


プルデンシャル生命の不祥事は「労務管理の失敗」

生命保険は、顧客にとって人生の安心を買う行為です。だからこそ、担当者に対して顧客は深い信頼を寄せます。会社の名刺を持ち、会社名が入った資料を渡し、「あなたの人生設計を支えます」と語る。その担当者が不正をすれば、顧客が失うのは金だけではありません。将来の安心や、人生の見通しそのものが壊れる可能性があります。このニュースが突きつけているのは、金融の知識や営業の巧さではなく、組織の土台です。プルデンシャル生命が報酬制度で社員を追い込みながら、不正を止める統制が弱かったとすれば、その状態で「顧客のライフプランを守る」と言っても説得力がありません。ライフプランナーが顧客に未来を語る以前に、会社自身が社員が壊れない仕組みを作り、顧客が守られる仕組みを作っていなければ、結局は顧客の信頼も、社員の人生も守れなくなります。私はこの件を、単なる営業不祥事としてではなく、「労務管理と統制を軽視した成果主義が、組織と顧客を同時に壊す」という典型例として見ています。プルデンシャル生命のように、ライフプランナーがライフプランできない状態を放置した会社は、顧客のライフプランも守れない。この皮肉を現実にしてしまったことこそ、最も重い問題なのだと考えます。

タイトルとURLをコピーしました